概要
海洋国家アメリカの揺籃期である19世紀、アンテベラムの作家には海軍体験を持つものや身近に海軍との接点を持つものが少なくなく、海軍の生成とアメリカ文学の成熟は軌を一にしていた。本来的に無主と流動のトポスたる海洋空間に「秩序と規律」の導入を図る海軍は、国民国家(Nation State)としての制度の確立を急ぐアメリカ社会が洋上に再定位された縮図でもあった。しかし、そもそも海軍自体が私掠船の流れをくむ海賊的なロマンや冒険に憧れるメンタリティの残滓を有し、商船を装う奴隷船や海賊化する捕鯨船が遊動する海洋にあって、あらゆる制度の境界は曖昧であった。こうした越境や混沌はやがて海軍が体現する「秩序と規律」へと回収されていくが、この制度化に向かう転換期のダイナミズムは作家達の想像力にいかに働きかけたのか—本論集は、あらゆる海洋事象を包含する海軍とその言説を補助線とし、海軍制度を相対化する視点も交え、海洋国家として発展するアンテベラム期アメリカのダイナミズムと文学の関係性を考察する試みである。
目次
序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・林 以知郎
第一部 海洋国家アメリカと海軍の言説空間
海洋国家アメリカと海軍の創設・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・阿川 尚之
十九世紀アメリカ海軍の教育制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・布施 将夫
── 海軍兵学校の規律重視から海軍大学校の効率重視へ
バーバリー海賊と建国期のアメリカ文学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・佐藤 宏子
士官候補生たちの「誤読」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・林 以知郎
── 艦上の読書共同体と「物書く/船乗り」たちのいさかい
第二部 海洋国家アメリカの文学的想像力
ホーソーンが編集した二つの航海記の海軍言説と『緋文字』・・・・・・・・・・・・・大野 美砂
ホーソーンとペリーが共有した海軍言説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中西佳世子
── イマジネーションと現実の接点
船乗りの民主主義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真田 満
── 合衆国の理想と現実
元水夫の物語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西谷 拓哉
── メルヴィルの海洋文学における抒情性とノスタルジア
混沌のトポス、拡散する海図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・橋本 安央
──「エンカンターダズ」を読む
二つの軍艦物語を通して変化するメルヴィルの視座・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・辻 祥子
── 人種と階級、それぞれの「深淵」をめぐって
島嶼国家アメリカへの道・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貞廣 真紀
── 再建期、大西洋横断通信ケーブル、ホイットマン
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中西佳世子